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日本のテレビに関する歴史年表

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日本初のテレビ放送は1953年2月1日に、NHKが始めました。この頃の白黒テレビの値段は約8万円で、現在の物価になおすと50万円以上に相当する高額商品でした(⇒テレビの値段の推移【日本の物価】)。テレビを所有できる家庭がまだまだ少なかった時代には、テレビ局は都市部などに街頭テレビを設置して魅力をアピールしました。巨人戦や力道山のプロレス中継を視聴するために、街頭テレビ周辺には1万人以上が詰め掛けた事もある・・・との逸話も残っています。

日本でのテレビ放送が開始して65年経ちましたが、この間にテレビの性能は格段に進化し、放送の方式も変化するなど、大きく様変わりしてきました。以下は、日本のテレビ業界にまつわる出来事をまとめた歴史年表です。

日本のテレビの歴史年表
区分 事象
1953 番組 NHKが日本初のテレビ放送を開始
放送局 日本テレビが初の民放局として放送を開始
1955 放送局 TBS開局
1959 放送局 テレビ朝日開局
放送局 フジテレビ開局
1960 番組 カラーのテレビ放送が開始
1963 番組 日本初のテレビアニメ 鉄腕アトムの放送開始
番組 紅白歌合戦の視聴率が81.4%を記録
1964 社会 東京オリンピック効果でテレビの普及が進む
1972 番組 浅間山荘事件の中継 NHK+民放の視聴率は89.7%
1975 ハード カラーテレビの普及率が95%を超える
1979 ハード テレビにリモコンが搭載される
1980 ハード テレビデオ発売
1982 ソフト 二ヵ国語放送やステレオなど 音声多重放送開始
1984 放送局 NHKがBSの試験放送開始
1990 放送局 WOWOWが試験放送を開始
1991 ソフト ハイビジョンの試験放送開始
1995 ハード シャープが日本初の液晶テレビを発売
1996 放送局 CS スカパーの放送が開始
2003 ソフト 地上デジタル放送が開始
2005 社会 ホリエモンがフジテレビの買収に乗り出すも失敗
2006 ソフト ワンセグ放送が開始
2010 ハード 3Dテレビの販売開始
2011 ハード アナログ放送終了 地デジに完全移行
ハード 4Kテレビの販売開始

1960年には、NHKと民放4局がカラー番組の本放送を開始しました。この頃の日本では、冷蔵庫、洗濯機、そしてテレビが家電の「三種の神器」と呼ばれ、これらを所有する事が国民の憧れとなっていました。

1963年には、国産初のテレビアニメ「鉄腕アトム」の放送が開始、そして2年後の1965年には初のカラーアニメ「ジャングル大帝」が始まりました。これはどちらも「手塚治虫」の作品であり、彼の活躍は日本の漫画業界だけでなく、アニメ市場にも大きな影響を与えたのです。

1963年の年末に放送された「第14回 NHK紅白歌合戦」は視聴率81.4%を記録。これは日本のテレビ史上における最高視聴率です。紅白歌合戦は、その後何度も60%や70%という高視聴率を出しており、日本における大晦日の風物詩として長年親しまれています。

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1964年に開催された東京オリンピックの影響で、日本のテレビ普及率は大きく伸びました。およそ10年後の1975年にはカラーテレビの世帯普及率が90%を超え、一家に一台テレビがある事が当たり前の時代になったのです。

ハードウェアの進化(リモコン・ビデオ・液晶テレビ)

1979年、本体から着脱可能なリモコン付きのテレビが発売されました。リモコンの付属したテレビは1960年に発売されていましたが、これはテレビにリモコンが繋がれた有線タイプの製品でした。1979年以降は、現在のような赤外線を利用した分離型のリモコンに移り変わりました。テレビのすぐ前にいなくてもチャンネルを変えられるようになった事で、テレビの使い勝手は大きく向上したのです。

1980年には、テレビ本体にビデオが内蔵された製品、通称「テレビデオ」が発売されました。当時はビデオデッキの普及が始まっていた頃であり、テレビ番組を録画して視聴するというスタイルが一般化していました。

1970年代後半から80年代に掛けてのビデオ業界は、ビクター・松下・シャープなどが推奨する「VHS」と、ソニー・東芝・三洋などによる「ベータマックス」の激しい規格争いが繰り広げられていました。最終的には録画時間の長いVHSが主流になりましたが、極めてレアなベータのテレビデオも存在しています。

1984年5月12日にNHKが衛星放送(BS)の試験放送を開始、1989年6月1日からは本放送もスタートしました。そして1990年11月、 日本初の民間衛星放送局であるWOWOWが試験放送を開始、翌年4月1日からは有料の本放送も始まりました。また1996年からは、日本初のCSデジタル放送「パーフェクTV ! (現・スカパー)」が始まっています。地上派以外のテレビ番組が生まれた事で、視聴者の番組選択の幅は大きく広がりました。

1995年、シャープが日本初の液晶テレビを発売しました。狭い場所にでも設置できる薄型の液晶テレビは、日本の住宅事情に上手く適合しており、瞬く間に普及が進みました。

ホリエモンのフジテレビ買収劇は、テレビ業界崩壊の序章!?

2005年、ライブドアの社長だったホリエモン(堀江貴文)が、フジテレビの買収(親会社であるニッポン放送株の取得)に乗り出しました。買収を計画した名目は「テレビとネットの融合」でしたが、何の具体例も挙げられず、単なるホリエモンの権力欲だと見られて、業界からは大きな反発を招きました。最終的に買収は失敗に終わりましたが、この騒動は日本のテレビ業界の「終わりの始まり」に過ぎませんでした。

2006年4月1日、携帯電話向けの地デジ「ワンセグ」の放送が開始されました。地デジの電波は13のセグメント(断片)で構成されており、その内の12が据え置き用のテレビに割り当てられ、残る1つが主に携帯用に使われている事から、ワンセグと呼称されています。しかしガラケーがスマホに移り変わり、ワンセグはもはや死んだ技術と成り下がりました。

その後2011年7月、テレビのアナログ放送が終了し、地デジに完全移行となりました。当初は、テレビ局と視聴者の双方向でのやり取りが可能なことなど、様々なメリットが標榜されたものの実際にはほとんど使われていません。日本では相変わらず、テレビ局からの一方通行・垂れ流しメディアである状態が続いています。

日本のテレビに関する歴史年表まとめ
・日本のテレビ放送は1953年から始まった
・1964年の東京オリンピックをきっかけに普及が進んだ
・ホリエモンvsフジテレビ騒動は、テレビ崩壊の序章に過ぎなかった

2010年には3Dテレビの販売が始まりました。しかしメガネを掛ける煩わしさや、コンテンツが乏しいなどデメリットだらけで、ほとんど普及する事無く市場から姿を消しました。

また2011年には、4Kテレビの販売が開始されました。従来のハイビジョンテレビの解像度は1920×1080ピクセルですが、4Kは3840×2160と縦横2倍になっており、より高精細な映像表現が可能になっています。現在、4Kを更に上回る8Kテレビ(7680×4320ピクセル)の開発も進んでいますが、4Kすら活用できていない番組が多いのが現状です。ネットでは「お笑い芸人の汚い顔が高精細になっても無意味だ」と冷ややかな口コミで溢れています。

このように近年のテレビ業界は、放送の仕組み・ハードやソフトなど、どれもがその機能を有効に使えていないのが現状です。一方でインターネットは、YouTubeやニコニコ動画など動画共有サイトの発展や、Amazonプライム・ビデオやNetflixといったネットの配信サービスも広まり、テレビを上回る勢いです。

「若者のテレビ離れ」は、金太郎飴の如くワンパターンでつまらない番組を続けたり、韓国を気持ち悪いほど持ち上げる「反日売国放送」を連発するなど、明らかにテレビ局側に責任があります。かつて日本のテレビ業界を活気付かせたのは、1964年の東京オリンピックでした。ゆえに、2020年の東京オリンピックには大きな期待がされていますが、ハードやソフトの進化を活用できず、思考停止状態を続けているテレビ局の現状では、肩すかしに終わる可能性大でしょう。

 

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