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高知競馬の売上高推移〜復活できた理由

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2000年代初頭、高知競馬は売上げ不振による累積赤字で、廃止寸前に追い込まれていました。しかしその後、様々な経営再建によって業績は大幅に改善。2008年には40億円足らずだった売上が、2016年は年間250億円以上にまで躍進しています。

★データ出所;高知競馬公式サイトより当サイトが集計

高知競馬の年間売上高推移

日本では平均年収の低下(=可処分所得の減少)により、公営ギャンブルの売上げは下落傾向にあり、特に地方競馬は赤字続きで破綻寸前の所が多いです。近年、経営難によって廃止された地方競馬の例としては、熊本県の荒尾競馬場(2011年廃止)や、広島県の福山競馬場(2013年廃止)などがあります。彼らと違い、高知競馬は何故V字回復する事が出来た理由は何だったのでしょう?

高知競馬と聞けば、2003〜2004年にかけて話題となった競走馬=ハルウララを思い出す人も居るでしょう。デビュー以来一度も勝てないでいたハルウララは、100連敗という金字塔?が近づくに連れ、そのあまりの弱さがテレビ等で話題となりました。CD、キーホルダー、Tシャツ、お守りなど関連グッズも販売され、ハルウララは全国的な人気を獲得するに至りました。話題集めのため、日本一のスター騎手=武豊(JRA所属)が騎乗した事も大きな注目を集めました。

ハルウララフィーバーのおかげで、赤字だった高知競馬が2004年度に2500万円の黒字を記録しました。しかしその勢いも長くは続かず、2005年にハルウララが引退した事で、高知競馬はまたしても経営難に追い込まれたのです。次に単年度赤字だと即廃止という取り決めだったので、賞金や各種手当ての減額など、関係者が身を削る事で何とか存続を続ける努力をします。そのため高知競馬の賞金は、全国で最低水準になりました。

ちなみに、ハルウララの生涯成績は113戦0勝でした。

ナイター競馬とネット販売が売上げV字回復の原動力

つまり昨今の高知競馬の躍進は、ハルウララフィーバーとは無関係です。その後に行ったテコ入れ、ナイター競馬と馬券のネット発売の開始が、復活の原動力となりました。

2009年、高知競馬は地方競馬として初めて、通年でのナイター制度を導入。次いで2012年には中央競馬(JRA)と連携し、馬券のネット販売システム「IPAD」の利用も開始しました。この取り組みと、計画的に組んだレースプログラムが嵌ったのです。

他の競馬場のレースは午後4時台には終了するのに対し、高知競馬の最終レースは9時過ぎです。他の競馬場が終了した後、その日の負けを取り戻そうと考える全国のギャンブラーが、一発逆転を掛けて高知競馬のネット販売に殺到したのです。

しかもオッズが高配当になるように、最終レースはあえて弱い馬ばかりを集めて予想を難解にしたレースを組んだ事もポイントです。その結果、高知競馬の売り上げは大幅に増加したのです。

高知競馬の年間売上高推移と復活の理由まとめ
・高知競馬は赤字で廃止寸前だったが、V字回復を果たした
・ハルウララフィーバーは一過性で、経営改善までは行かなかった
・ナイター競馬と馬券のネット販売導入で復活した

このように、高知競馬は狙いすました作戦で売上げをV字回復させたのです。10年前と比べると、1日あたりの売り上げはおよそ10倍になっています。

今では「奇跡の復活!」と賞賛される高知競馬ですが、この売上が安泰だとは限りません。今後は、同じく経営難である他の地方競馬場も、同様の作戦を取ってくる可能性があるからです。ナイター競馬とネット販売(IPAD)導入は、何処の競馬場でも真似できます。高知競馬の本当の力が試されるのは、その時でしょう。

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